想像力があって困ることってない
どうも、まめです。
お久しぶりすぎいいいいいいいい。
私が書いてなかっただけなんですが。少し忙しくしておりまして。
またまた最近思ったことがあったので書き留めておきます。
想像力って、あればあるほどいいな?!、て話です。
赤毛のアンみたいに、どんな状況にいても、心は自由に飛べることを知ってるって、強いですよね。
おっと、ポエムみたいになってしまいました。
私がお話ししたいのは、対人関係における想像力のお話しなんですよ。
例えば、人の嘘やごまかしを許せないタイプの人っていますよね。
なんとなーく、あ、これ言い訳だな、はぐらかされたな、って分かる場合に。
具体的な例を示すと、学生時代を思い出してください。
「部活、通院のため休みます。」
いや、何の通院やねん。
さっきの体育はめちゃめちゃはしゃいでたやんけ。
今日筋トレだから絶対休みたいだけやろ。
こういうふうに考えてしまうことって、誰しもあると思います。
だって、絶対ずる休みだもんって。
私も小学生までは、どちらかというと許せないタイプの人間でした。
口には出さないけど、内心そういう風に考えてしまっていた。
でも、きっかけは思い出せないけど、あるとき気がついたんですね。
もしも、本当に病院だったら?
見た目では分からない難病を抱えていたら?
例えば家族が入院していて、お見舞いに行くんだったら?
家計が苦しくて、バイトをしないといけない状況だったら?
もしもって考えて想像してみると、無限に可能性が出てきます。
こういう風に考えるようになってからは、自分もかなり楽になりました。
例えば、自分も病院で休むとき。病院と言っても、毎月通っている歯医者だけど。
みんなにはずる休みに見えてるのかなあ、なんて思っていたけど、そんなの関係ねえ。何があるかなんて他人には分かんないじゃん。
勝手に想像して決めつけないで?!
こんな風に考えると、休むという事実やずる休みを疑われてしまうことへの罪悪感みたいなものが小さくなるのです。
そして、私はずる休みだったとしても、もしもを想像して、
「大丈夫?お大事に。」
「じゃあまた明日だね!」
みたいに、声をかけられる人間になりたいな。
人間、誰かの気持ちや事情をそっくりそのまま知ることはできないし、想像力にも限界がある。
それでも、自分の想像力をフル稼働させて、受け止める器を大きくしていきたいなあと思いました。
いつも通り抽象的な話で申し訳ないです。
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーすっきりした。
やっぱり文章を書くっていいですね。
では、今回はこのへんで。